企業が知っておきたい在職老齢年金の仕組み。
65歳までの安定した雇用の確保は企業の義務ですが、70歳までの就業機会の確保についても努力義務となっており、
今後も働く高齢者がますます増えることが想定されます。
公的年金を受け取る年齢になったときの働き方としては、内閣府が2023年11月に日本国籍を持つ全国18歳以上を対象に実施した「生活設計と年金に関する世論調査」によると、44.4%の方が「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら働く」と回答しています。
賃金を受け取りながら公的年金を受給する役員や従業員(以下、従業員)が増えるため、
労務担当者は賃金が年金の受給に与える影響への理解が求められます。
今回の記事では、高年齢の従業員が働きながら受給する在職老齢年金の基本的な仕組みについて解説していきます。
在職老齢年金とは
老齢厚生年金を受給する以下のいずれかの従業員は、賃金と老齢厚生年金の額に応じて、
老齢厚生年金の一部または全額が支給停止となる場合があります。これを「在職老齢年金」といいます。
・厚生年金保険に加入している60歳以上の従業員
・厚生年金保険の適用事業所で70歳以降も働く従業員
【在職老齢年金制度の背景】
当初、厚生年金制度の老齢年金は、支給開始の年齢要件に加えて、退職を支給要件としていました。
つまり、在職中は年金を支給しないことが原則でした。
しかし、高齢者は低賃金のケースが多く、賃金だけでは生活が困難だったため、
在職者にも支給される年金として昭和40年に制度が創設されました。
それ以降、企業で働きながら年金を受給することが不利にならないようにという点と、
一定の賃金を有する高齢者については給付を制限すべきであるという、
年金を負担している現役世代に配慮する観点とのバランスを調整しながら、都度見直しが行われています。
年金を受給しながら働く従業員にとっての関心事は、
どのくらい賃金を受け取ると老齢厚生年金が一部または全額が支給停止となるかという点です。
在職老齢年金の計算方法
在職老齢年金制度では「総報酬月額相当額」と「基本月額」の合計額が、「支給停止調整額」を超える場合、老齢厚生年金が調整されます。
支給停止調整額は年度によって変動し、2024年度の支給停止調整額は50万円です。
(この記事では50万円を前提に記載していきます。)
在職老齢年金制度では、賃金を「総報酬月額相当額」、年金を「基本月額」としています。
総報酬月額相当額と基本月額の定義は以下の通りです。
総報酬月額相当額(賃金)と基本月額(年金)の合計額が50万円を超える場合、年金の一部または全部が支給停止となります。
在職老齢年金による調整を行った後の年金支給月額は、以下の計算式で算出します。
【総報酬月額相当額と基本月額との合計が50万円以下のとき】
全額支給
【総報酬月額相当額と基本月額の合計が50万円を超えるとき】
基本月額ー(総報酬月額相当額+基本月額ー50万円)÷2
在職老齢年金の計算方法について具体例で説明をしていきます。
年金の停止額の変更は、総報酬月額相当額が変わった月または退職日等の翌月(※)に変更されます。
※退職して1か月以内に再就職し、厚生年金保険に加入した場合は除きます。
なお、在職老齢年金の計算では、以下の2点に注意してください。
①老齢基礎年金の受給
老齢基礎年金は在職老齢年金の対象となりません。そのため、老齢厚生年金が一部または全額が支給停止されても、老齢基礎年金は全額支給されます。また、繰下げ加算額および経過的加算額がある場合、これらも全額支給となります。
②加給年金(※)の受給
在職老齢年金による調整の結果、老齢厚生年金が一部支給停止の場合は加給年金は全額支給されますが、
老齢厚生年金が全額支給停止となった場合は加給年金は全額不支給となるため、注意が必要です。
※厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある人に、65歳に達した時点(または定額部分支給開始年齢に到達した時点)で生計を維持している65歳未満の配偶者や子ども(18歳到達年度の末日まで、または1級・2級の障害の状態にある20歳未満の子)がいる場合、老齢厚生年金に追加する形で支給される年金
在職定時改定と退職改定
在職老齢年金の停止額を確認するうえで知っておきたい制度に、「在職定時改定」と「退職改定」があります。
どちらも年金の受給権が発生した後の厚生年金保険の被保険者期間が年金額に反映される制度で、
基本月額が変更されることで在職老齢年金の停止額の計算結果も変わることがあります。
そのため、労務担当者は在職定時改定と退職改定についても把握しておく必要があります。
【在職定時改定】
在職定時改定とは、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受けている65歳以上70歳未満の従業員が対象です。
具体的には、毎年9月1日(基準日)に被保険者であるとき、前年9月から当年8月までの被保険者期間を年金額に反映して、翌月の10月分(12月受取分)の老齢厚生年金額から見直される制度です。
総報酬月額相当額(賃金)と基本月額(年金)の合計額が支給停止調整額以下であっても、毎年の在職定時改定により賃金と年金額の合計がその年度の支給停止調整額を上回るというケースも発生します。
その場合は、次の図のように今まで全額支給であった方も、一部支給停止になることも考えられます。
【退職改定】
退職改定とは、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受けている70歳未満の従業員が退職し、かつ1か月を経過したときに、直近の在職定時改定以降、退職までの被保険者期間を年金額に反映して、退職した翌月分の老齢厚生年金の金額が見直される制度です(その後は年金額の全部または一部の支給停止がなくなり、全額支給されます)。
このとき、退職してから1か月以内に再就職して、厚生年金保険に加入したときは年金額の再計算は行われません。
また、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受けている70歳未満の従業員が、70歳に到達したときは、70歳に到達した翌月分の老齢厚生年金の金額が見直されます。なお、70歳以上の従業員に関しては、70歳到達時に厚生年金保険の被保険者資格を喪失しているため、70歳以上の期間は老齢厚生年金の金額の再計算には反映されません。
おわりに
2025年3月31日をもって、65歳までの雇用確保措置のうち継続雇用制度に設けられていた経過措置は終了します。
経過措置の終了によって65歳までの定年の引き上げが義務になるわけではありませんが、
継続雇用制度の対象者を限定するような基準を設けることはできず、
すべての労働者の65歳までの安定した雇用確保が義務となるので、
これからますます高年齢で働き続ける方が増えることが想定されます。
従業員からも働きながらの年金受給についてや、賃金の調整のための勤務時間などの相談も増えてくるでしょう。
そのようなときに労務担当者として対応できるように、在職老齢年金の制度について理解を深めておきましょう。
★65歳超雇用推進助成金もありますので、下記の①②③どれかを検討されている場合(その他もあります)は、
さくらい社労士FP事務所まで、ぜひご相談ください。
①65歳以上への定年年齢の引き上げ
②定年の定めの廃止
③66歳以上の希望者全員を継続雇用制度の導入
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