石田三成公の佐和山城跡を訪ねた時の話

今から3年前になりますが、32年以上勤務した会社を退職しました。
時間が出来たため京都旅行に行きましたが、以前から訪れたかった佐和山城跡も行って来ました。
なぜ佐和山城か
私は歴史好きな部類に入ると思います。そして日本でよく人気になる戦国時代の武将は、
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・武田信玄・上杉謙信・伊達政宗が上位に入りますが、
しかし私が好きなのは、石田三成です。
それは、19万石の身でありながら(それでも凄いと思うけど)、
大大名である徳川家康と、負けはしましたが、
日本では誰もが知っている「関ケ原の戦い」を行ったこと。
行政官として有能であったこと。
そして「義」に生きた人であったことからです。
(私の名前が、康成なので、同じナリナリ同志!なこともあるかもしれませんが。)
石田三成は嫌われ者・・・なのか
20歳後半から司馬遼太郎作の「関ケ原」を何度も読みましたが、
石田三成は「へいくわいもの(傲岸不遜な物)」と描かれていて、他の武将達からの嫌われ者感が圧倒的です(笑)
しかし、純粋な理想が高すぎる者であるようにも描かれています。
豊臣家へ最後まで義理を尽くす姿は、損得で動く他の武将たちとは異なる姿に感銘を受けました。
周囲との摩擦は当たり前で、知行の半分を与えてまで召し抱えた島左近からの提案である、家康への夜襲も退けます。
正々堂々と戦って勝つ!大義が大事!など、自分より遥かに強大な相手に対して何を考えているのだと、読みながら突っ込んでいました。
そして関ケ原では、完璧な布陣を敷いたにもかかわらず、西軍の多くの士気は低く、陣取っても戦わない部隊もあり、さらにトドメの小早川秀明の裏切りにより敗戦となり、最終的には京都の六条河原で処刑となりました(泣)
正々堂々と戦った石田三成に対して、裏に手をまわしていた(調略)徳川家康・・・ とても悔しい・・
役者が違うといえばそれまでですが、義を貫き、自分の美学を曲げない生き方に、私は拍手を送りたい!
テレビドラマの話になりますが、石田三成も演じる俳優の方によって好感を持てる描かれ方が変わります。
1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」では、真田広之さんが石田三成を演じられたので、好感が持てる感じでとても良かったので、ますます石田三成を好きになりました。
佐和山城跡へ向かう
前振りが長くなりましたが、京都の六条河原をあえて見る前に、先に佐和山城跡へ向かいました。
京都駅からJRで彦根駅へ向かいました。徒歩だと20分以上かかりますし、
その後は彦根城や琵琶湖もそのあとに見るため、
駅前でレンタル自転車(電動アシスト付)借りて、いざ出発!
グーグルマップでナビゲーションしてもらったので、
あまり迷うことなく到着しましたが、拍子抜けしました。
寂しい・・・。売店も何もない・・・
戦国時代に日本を二分する戦いをした石田三成公の居城跡にしては寂しい・・
(徳川家康や井伊直政のせいか・・・)
しかしまずは、石田三成公へ挨拶をしてから、いざ佐和山城跡へ!

過酷な山道・・・


坂道は覚悟していましたが、レンタル自転車(電動アシスト付き)では入れない場所ですし、
道がほとんど整備されていない・・・
これはイノシシや猿とか出てくるのではと思う道でしたが、迷わず突進!
石田三成が生活していたであろう場所なので、私にとっては聖地巡礼のと同じです
しかし想像以上の急勾配や茂みが私の行く手を遮ります。
あお🐶もカバンの中にいますが、この険しい山道ではいつもは軽いのに少しですが重い(笑)
苦闘すること約30分ついに登り切りました!
絶景な場所
山頂から遠くに琵琶湖が見える


登り切った頂上?は平地になっていました。しかし当たり前ですが、売店も何もない・・・
しかしここで石田三成は生活をされていたのかと思うと、
400年以上の時は経過していますが、同じ場所に来られたことは感慨深い事です。
そして琵琶湖を見下ろせる絶景が、時を忘れさせてくれました。
私事ですが、会社を辞めてまだ間もなく、この時は社労士として独立開業するか、
それとも社労士事務所かFP事務所に就職するか、悩んでいる時でしたが、
石田三成のように不器用でも正直に生きて行こうと、あらためて誓うことが出来ました!
おっとこの登山?では、あお🐶の写真を撮ることをうっかり忘れるぐらい、
景色を見ながら考えてしまいました。
構わなくてごめんね
早いもので、この時からもう3年経ってしまいましたが、それなりに正直に何とか生きています。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました!


コメント