弱小の社労士FPが綴る「私の退職顛末記:第2回」 (雇用契約書は重要!)

現在59歳の「あお🐶の付き人:弱小の社労士FP」の櫻井です。
前回、希望に燃えまくって1社目の退職を決めた私。
1990年3月26日、いよいよ新しい門出となる初出勤の日を迎えました。
★第1回はこちら↓です★
弱小の社労士FPが綴る 「私の退職顛末記:第1回」 | さくらい社労士FP事務所
初日から「放置プレイ」に
出勤初日は月曜日。人事の方がわざわざ事業所まで会いに来てくれました。
「4月1日になれば新卒が入ってくるから、少しでも先輩の方がいいでしょ!」と
明るく励まされ、案内されたのは建設部(多分)のフロアでした。
(机は50人分ぐらいあるけど、5人ほどしかいない・・・)
部長に挨拶を済ませ、人事の方が本社へ戻った後、何をするのかワクワクしていましたが、
「みんな現場に出ているから、適当に空いている席にでも座っていてよ」
部長はそう言い残して会議へいかれてしまいました。
……することがない。 1時間ほどポツンと座っていた私に
20メートルほど離れた席の年配の方が、救いの手を差し伸べてくれました。
「君、やることないの? だったらこれでも読みなよ」
手渡されたのは、分厚い「足場の本」。 私は感謝しつつ、
その日からひたすら足場の本を読み込むことになります。(もう覚えていない・・・)
研修カリキュラムは「足場の本」の読書感想文?
お昼休み、会議から戻ってきた部長と人事の方も来てくれて、3人でお昼ご飯(この日だけ)。
部長:「午前中は何をしていたの?」
私:「○○さんが貸してくれた足場の本を読んでいました」
部長:「建築は足場だよ!いずれ現場の所長が迎えに来るからさ」
「わかりました……」と答えつつ、内心では戸惑っていました。
中途採用とはいえ、多少の研修があると思っていた私。
人生で初めて朝から夕方まで「読書」だけで過ごす日々が始まりますが、
とにかく時間が進まない・・・・・・・
話しかける人も、話しかけてくれる人もいない。
火曜、水曜、木曜……何とも言えない放置プレイの真っ只中に私はいました。
勇気を振り絞った喫煙所での「情報収集」もシャイなので自滅
当時の私は喫煙者でした。
「喫煙所へ行けば、誰か話せる人がいるかも……」 シャイで臆病な性格でしたが、
意を決して喫煙室のドアを開けました。
しかし、そこには仲間内で談笑するグループ(営業部?設計部?)ばかり。
臆病者かつ新参者の私が入り込める余地は微塵もありませんでした。
「現場へ出るまでの辛抱だ……それに明日は土曜で休みだ!」
自分にそう言い聞かせて耐えていた金曜のお昼、ようやく光が差し込みます。
部長:「現場が決まったから、所長がもうすぐ迎えに来るよ」
雇用契約書はとても大事!
現れた所長の車に同乗し、現場へと向かいました。
しかし車は高速に乗り、都内を離れ、グングンと進んでいきます。
向かった先は、○○県○○郡?……自宅から電車とバスを乗り継げば、片道3時間半はかかる場所でした。
道中、所長がサラッと言い放ちます。
所長:「明日の朝5時30分に、○○駅に来て」
私:「明日は土曜でお休みでは……?」
所長:「これだから最近(1990年)の若い奴は困るよ。現場に土日などないの!」
その瞬間、私の頭の中で、面接時の記憶がフラッシュバックしました。
- 私:「求人誌(デュー●)には毎週土日休みとありますが本当ですか?」
- 人事:「今の時代、大工さんも土曜は休みですよ!」
- 私:「現場は○○区から通勤できる場所ですか?」
- 人事:「都内で毎日数十件は施工中なので安心してください」
……話が、全然、違う‥…
当時の私は無知でしたので、「労働条件通知書」や「雇用契約書」など、みじんも知りませんでした・・・
1990年(平成2年)の頃は、現在より書面交付のルールが緩かったようで、
主要な労働条件の「書面交付」が義務付けられたのは、1999年(平成11年)4月のようです。
現場事務所(飯場)に到着
到着した現場は、コンビニやお店まで車で15分は必要で、まだ何も建っていない広大な敷地。
しかし2階建てのプレハブだけは建っていて、1階は職人さんたちの休憩場と宿泊所。
2階が現場事務所と、私の「寝床」でした。
所長:「この4畳半を君の部屋にして。6畳は来週からくる先輩の部屋で、俺は車通勤だから」
私: 「はぁ……」
所長:「あ、電気が通るのは来週からだから。それまでは俺の車で一緒に通勤ね」
希望に満ちて転職したはずが、休日も勤務地もまったく条件が異なる内容‥
再びフラッシュバック ある時の彼女との会話
・彼女 「私はデパートの地下街にあるお菓子屋さんで一度、働いてみたいんだよね」
・私 「えっ、それでは土日が休みじゃないじゃん!土日が休みの会社にしてよー」
・彼女 「えー・・・・・・わかったよ。じゃあそうしてみる・・・」
・私 「休みはちゃんとドライブとかに行くからさ!」
彼女の希望を無視して、自分の都合を押し付け(クズ人間なのだ🐶あお)
そしてそうはならなかった自分自身の転職・・・
彼女の怒りが爆発するのが想像出来ましたので
当時23歳の私の心は、広々した現場の敷地とは異なり、縮みこんでいくのがわかりました。
次回予告:労災事故危機一髪! 転職失敗!再び「退職」へ。
次回の掲載は6月5日(金)夜を予定しています。
★第1回はこちら↓です★
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