中央大学通信教育課程体験記④(最終回)ー卒業まで最後1年間

ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は最終回として、「卒業までの最後の1年間」と、これまでの総括をお伝えします。

まず訂正です。

第3回で卒業がだいぶ見えてきた4年目の夏、
夏季スクーリング中に行われた卒論テーマ相談会に参加・・とありますが、

正確には5年目の夏でした。誠に失礼しました。
卒業から24年経過すると記憶が曖昧でして・・・

★第1回・第2回・第3回はこちら↓です★
中央大学法学部通信教育課程体験記①ー私の入学決意から初めての単位取得まで | さくらい社労士FP事務所
中央大学通信教育課程体験記②ー1年目からの巻き返し ― 学生会への参加 | さくらい社労士FP事務所
中央大学通信教育課程体験記③ーレポートの書き方と、単位取得が倍増した3〜4年目 | さくらい社労士FP事務所

目次

これまでの経過(入学~4年目まで)

【1年目】
夏期スクーリングで法学の4単位を取得するも、その後は失速

【2年目】
学習会へ参加し、学友ができたことで巻き返し開始 (16単位)

【3年目】
学生会の幹事として運営にも関わりながら、単位取得が加速(32単位)

【4年目】
学習ペースがさらに安定し、(36単位)。 ➡ 残り(44単位)

5年目 最後の1年

そして迎えた5年目。
今から思えば卒業までのラスト1年でしたが、当時は今年で終えるために無我夢中でした。

5年目に残り44単位を取得するというのは、東京競馬場のダービーで、
最後の直線上り3ハロンを33秒台の脚を使って差し切るような感じです。
(私が好きなのは、秋の天皇賞馬サクラチトセオーですが)

これまで積み上げてきた学習ペースを維持しつつ、
レポート提出とスクーリングを計画的に進めていきました。

特に意識したのは「止まらないこと」。
完ぺきではなくても、学習を進めることを意識しました。

しかしながら会社員でもあるため、様々な事が発生します。
(これは1年目から続く「仕事との両立」という悩みでもありました)

学習時間の捻出方法

5年目に限らず、いかに学習時間を捻出するかは、中大通教を卒業するにおいては最大の優先事項です。
(資格試験も同様かと)

私の主な業務は営業訪問や打合せなので、基本は電車で移動していました(東京は交通網が発達しているので便利)
通勤時の往復や外回り中は、常にテキストなどを読み込むことが出来ましたので、なるべく営業車は利用しないようにしました。

学習時間を1週間で20時間、1箇月80時間を目標にしていましたので、外回り中の電車などでの学習時間は、ストップウォッチでほぼ毎回計っていましたが、まとめて時間が取れる自宅などよりも、この時間は塵積って山となりました。

特に30分以上乗る電車で行く場所は大歓迎でした。
電車内で座りながらゆっくりとテキストを読めたからです。

しかし電車に座るとあの心地よい揺れと、
テキストの難しい内容が、時に私を眠りに誘いました・・・

学習できない理由より、できる方法を考える

また私が受注した物件には常に施工までが含まれるため、現場立ち合いも頻繁にありました。
そして、特に5年目は夜間工事の立ち合いが多かった記憶があります。

このような場合、夜の貴重な学習時間が失われます(飲み会も同じでした・・・)

そこで私は、最初に工事の職長と打ち合わせをしたら、現場近くにある24時間営業のファミレスにいるので、
何かあればすぐ現場に戻りますと伝えて、テキストを読んだりレポートの清書をしていました。

中大通教に入学する前の私であれば、夜間工事立ち合いがあるならば、
学習などは出来ないとすぐ決め付けていました。

しかし中大通教の学習を継続しているうちに、
限られた時間からどのように時間を捻出するかを考えるように、
いつしかなっていました。

これは仕事にも活かせるので、良い思考方法が身に付きました(笑)

最後の直線は上り坂

残り単位を取得するため、レポート提出+夏季or校舎外スクーリングを順調に受けていましたが、

レポートが2回連続落ちた科目も発生し、スクーリングとのセットが崩壊し、科目試験への移行や、
レポートの締め切りに仕事や合コンが重なり、徹夜を3回ほどして会社へ出社したりしました。
(合コンへ行く自分が悪いのですが・・・)

そして夏の卒論テーマ相談会(冒頭の訂正箇所です)でのダメ出しなど(笑)もあり、
卒論はなかなか思うようには進みませんでしたが、H田先生の助言を頂きながら、
悪戦苦闘しながらも提出が出来まして、その卒業論文も無事に通りました。 

残るは校舎外スクの1科目(科目名は忘れました・・)の受講は取得出来ましたが、
一般教養課程の確か、哲学?心理学?が残っていましたので、
卒業にカウントしてもらえる最後の学科試験(確か11月・・?)に臨みました。

しかし思ったほど解答がうまく進まず書けず、試験場でかなり焦りに焦った記憶が甦りました・・
試験時間の終了後、「これは落としたかもしれない・・・」と会場を後にし、結果を待ちました。

そして結果の通知が郵送されてきまして、恐る恐る開封すると、
「C」ギリギリ取得!!
(振り返れば初レポートも「C」でした)

5年間で卒業可能な単位を取得が確定した瞬間でした。
(あとは面接諮問だったと思います)

祝杯だと冷蔵庫を開けたら空っぽだったので、
近所のコンビニまでダッシュして缶ビールを買って
自宅で一人乾杯しました!

ついに、仕事以外で初めて、
何かをやり切ったやり遂げた達成感というものを味わえました。
やっと大人になれた35歳の夜でした。

勢いそのままに、
一昨年に振られたYちゃんに電話を掛けてみましたが、留守電・・・
「Yちゃんが英語を教えてくれたので卒業出来たのだ。ありがとう!」
と吹き込み電話を切りました。

いまだに折り返しの連絡がありません・・・

そして最終仕上げの面接諮問に臨ましたが、
「リーガルマインドとは何ですか?」と問われたことを、今思い出しました。

面接官は福原紀彦教授でしたので、営業(仕事)で、
お客さんの重役と会うよりも緊張しましたが、
無事に卒業を認めて頂けました。

そして3月に卒業式当日、会社を有給休暇で休み、多摩校舎で行われた卒業式へ。
通信教育部卒業生用に用意された大きな教室に入り、一人一人に卒業証書が手渡されました。

私は当時35歳の卒業生でしたが、会場を見ると私よりかなり先輩な方達も多く
通教学生の幅の広さをあらためて実感しました。

卒業して得られたこと

中央大学通信教育課程を卒業出来た事は、私の人生で最も大きな出来事の一つでした。
会社からも誰からにも強制されず自ら選択した事でした。

大げさに言えば人生掛けました。卒業出来なければダメ人間の黒帯だと・・

中大通教に入学する前は、仕事して飲み行ってから寝るという生活でしたが、
学習をする、レポート作成を通じて物事を考えるということが身に付き、
そして継続する事の大切さを実感しました。

卒業してからは、自分の進みたい方向が2つあれば、
難しい方を選択するようになってしまいましたが、
それは、その方が得られることが大きいと実感できたからです。

卒業後は会社員として、少しでも会社のために良い方法や、
方向性を意識するようになれました。

目標の一つであった社会保険労務士の受験資格も、
卒業出来た事により得られましたが、
卒業後はリバウンドで飲み歩いてしまい、
社会保険労務士試験を受験するのは4年後からでした。
(これは私にとって中大通教より辛いことになりました)

最後に

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
中大通教を選択された方に、少しでも参考になれば幸いであります。

もし今、中大通教を続けられるかの不安と一人で戦っている方がいれば、

大丈夫です。私も同じでした。
(当時と現在では、異なることが多々あると思いますが)

是非お近くの学生会に、まずは参加してみませんか。

止まらなければ必ず卒業へたどり着けます。
私の学友には8年かけて卒業した方もおります。

皆さんのご検討を祈っております。

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中央大学通信教育課程体験記②ー1年目からの巻き返し ― 学生会への参加 | さくらい社労士FP事務所
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コメント

コメント一覧 (2件)

    • ありがとうございます。
      山口さんに誘われて
      三田工場からジョギングをした事も
      要因の一つであります(笑)

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